美術館は心のよりどころ
荒井:複製美術であるポスターを守り、魅力を世に広めるための美術館。
秋山さんの考えは良くわかりました。ポスターの魅力を世に伝えるために美術館ではどのような活動されていますか?
秋山:ぼくは、なにかに行きづまったり、考えがまとまらなかったり、疲労感に苛まれたりする時には、ひとりで美術館に行きます。
そうすると心のわだかまりがとけ、脳にあるノイズが取れたような心静かな気持ちになります。
心が浄化され平静感のある状態になれるのです。
美術館の運営者達はこの感覚を失わないようにしなければ、美術館のパワーが失われてしまいます。
つまり美術館活動を上手くしないと美の神が宿らない空間になってしまいます。それはとても恐ろしく恐怖を感じます。ただのサービスだけの活動であってはならないと考えます。作品を正しく理解してもらうために言葉だけではなく、作品自体から聞こえてくる「声なき声」を聞く能力を育てる活動でなければならないと思っています。
美術館では、ひとりでいる時間がとても大切で、作品をよく眺めていると不思議なところに共感や感動を覚えたりすることがあります。
自分が忘れ去った過去の出来事や体験と響き合い、美術館という空間のなかで聞こえてくる声に耳を傾ける喜びを促すようにする。
美術館そのものの価値を理解してもらい、自分の大切な場となるような良い体験を与える活動が、とても重要だと考えています。そして出来る限り子供時代にそれらの体験をしてもらいたいと思っています。それが美の入り口になるからです。
美術館は大騒ぎしたり目立ったりするような場になるのは考えもので、それよりも街の中に静かに、そこにあるだけで精神の拠り所になるような場である事が、ぼくは何よりも大切だと思います。
荒井:一部の美術館には何とも言えない神々しさを感じます。秋山さんがおっしゃるように物事の本質、まさに美の神を感じる空間だからこそですね。作品を展示する場所については幾つかお話して頂きましたが、秋山さんが普段制作をしている場所についてはどうでしょうか。クリエイターにとって重要な場である制作場所についてもお話いただけますか?
秋山:まず、ぼくは創作する場所を三ヶ所持っています。ひとつ目は目白駅から歩いて7分ほどのところにある自宅の道を隔てた向かいにあるアトリエ。ふたつ目は大学の研究室と大学院生のアトリエです。みっつ目は長岡にある秋山孝ポスター美術館長岡と最近作った秋山孝ポスター美術館長岡「蔵」です。
この三ヶ所に落ち着くまでは、西池袋、鉢形、目白、高田馬場、下落合と場所を転々としていました。ぼくにとってアトリエは仕事場であり、創作や研究、思索をする場であり、厳しくて苦しい行為を伴う「作品を生み出す場」です。
アトリエに入ると気持ちは一気に創作モードに切り替わります。
生活する場ではなく、作品を生み出す場だと心と体が理解しているのでしょう。
決してリラックスする場ではありません。アトリエではひとりであり、孤独であるからこそ自分との対話ができる。
創作者に取っては切っても切れない大切な空間です。
そういう意味でアトリエを考えると、その人らしい、まるで人間性が垣間見えるような空間になっているところがアトリエの魅力だと言えます。
ですから、ぼくの教え子たちは、ぼくのアトリエにやたら訪問したがります。
そこから創作におけるイマジネーションを発見し、心の中にはいり込んでいく、脳の中にはいり込んでいくような作品を生み出すヒントを、なんとか見つけ出そうとしているのだと思います。
ぼくのアトリエは少し変わっていて茶室や書庫があります。
茶室は小さな屋根裏にあるのですが、そこでよく瞑想をしています。
茶室はぼくにとってその空間がないと気持ちが混乱してしまうほど重要な場になっています。
また書庫は、まさに知の森で文字と本に埋没できる貴重な空間となっています。
さらにコレクションを展示している小さな棚、そこにはぼくのイマジネーションを広げるための小物などが置いてあります。
壁には大事なポスターやコレクション。アトリエ全体がある意味で「自分の創作する」という高揚感を生み出すものとなっています。
荒井:華やかに見えるアトリエは、実は孤独で苦しい場所なんですね。
秋山さんは様々なクリエイターのアトリエも知っていると思いますが、特に印象に残っているアトリエなどありますか?
秋山:最近は作品とその創作者を理解するためにアトリエを復活させて、その表現や思想が生まれてくる場を展示し、美術館の区切られたコーナーで作品だけを見るのとは違い、そっと静かにアトリエを訪れ、その全体像から創作の神秘性や具体性を感じるという動きが出始めているように思います。
例えば、パリのポンピドーセンターの脇にブランクーシ(1876-1957)のアトリエを再現した建造物が出来ました。
そこを訪れるとブランクーシの創作の秘密に触れることができます。
ブランクーシが美しいと感じていた素材などが転がっていますし、使う道具なども展示されています。
美術館で完成された作品を見るのとは異なった見方ができて、創作者の心のなかに入り込んだような喜びを感じます。
作りかけのオブジェや彫りかけの木彫や石彫、または作品が無造作に配置されているのをみると緊張感がヒシヒシと伝わってきます。
復元されたアトリエを見るとこによって創作者がその場にいたという実感が、強い力を持って訴えかけてくるということを、ぼくは知りました。
他創作者の例をあげると、ベーコン(1909-1992)のアトリエは苦悩に満ちています。
ゴミなのか、資料なのか、スケッチなのか、作品なのかわからないような未完成作品の世界がそこにあります。
ベーコンの作品をより強く共感、共鳴させる彼らしいアトリエになっています。
アンディ・ウォホル(1928-1987)のアトリエは、ポップアーティストならではの良く考えられた仕組みやコンセプトを具現化しています。
壁中を銀色のアルミ箔で覆いアトリエではなく「ファクトリー」と名付け、そこでパーティーを開いたり、作品を展示したり、新たなアトリエ像を見事に築き上げました。
アトリエは創作者の内面や感じ方、さらに表現の端々を感じさせ、表現における葛藤、息づかいまでもが見えてくるような、まるで緊張感漂うボクシングのリングのようなイメージを私たちに与えてくれます。
それはいつまでも生き続けている空間に思えてなりません。
荒井:作品を見るだけでなく、作品を作る場を知ることによって、グッと創作者に近づけますね。少し話は戻りますが、先ほど秋山さんのアトリエの話を伺った際に、いろんなものをコレクションされているとおっしゃっていましたが、その点についてもう少し詳しく教えて頂けますか?
秋山:人間には本能的にものを集める習性があると思います。動物で同じ様な習性を見たことがあると思いますが、人間も動物ですから本能的に様々なコレクションをしていると思うのです。その本能はどういうものかと言うと、はじめは面白いとか、可愛いとか、奇麗だとか、そのような心に響いた物を自分のそばに置いておきたいという単純な欲求だと思います。コレクションを見るたびに、その場を思い出したり、その物のいわれがわかってきたりします。さらに似たものを集めていくと、ぼくたちが想像もしていなかった時代背景など、もっと奥深いものが見えてきます。
しかし、コレクションはたくさん集めるとゴミの様な固まりに見えて決して奇麗なものではありません。家族はそれを見るたびに「処分したい!」と思うのが一般的です。そこにコレクションの第一段階の壁が立ちはだかるのです。これらを克服した人のみが文化的背景を持った良いコレクションを構築できます。さらにそのコレクションが社会のためになるような重要な発見につながることが多々あります。その域に達するには、まず妻の理解、あるいは子どもたちの理解、さらにその周辺の人の理解がないといけません。
そのためにぼくは、
1、コレクションが集まると奇麗に見えるようにする
2、コレクションを学術的に活用する
3、みんなにコレクションを見せて説明してあげる
4、独りよがりのコレクションにならないためにみんなを巻き込む
5、その結果、家族の喜びの活動にする
を実行しています。
これらが重要なポイントになります。そして、それらのコレクションは、ぼくの研究の基本にもなりました。
1、膨大なポスターコレクション
2、膨大な小物集め
3、ありあまる書籍
4、整理しきれない画像データ
5、家に置ききれなくなってしまったぼくの作品
などです。
それらは、ぼくが秋山孝ポスター美術館長岡「蔵」を設立するきっかけになりました。
そう考えると、このような個人の不可解な情熱が時を経ると、貴重な文化財産に変わり、社会貢献のひとつになることがありえるということです。
コレクションをはじめたばかりの頃は、本人自身も混乱してしまうほど大量にものが集まりますが、この混乱を打開するためには、秩序を与え価値ある知性を生み出す「知識欲」が必要になります。
知識欲をもとにした、これらのコレクションが博物館や美術館を生み、あるいは科学の研究、哲学の思考、文学へと向かっていくのです。
集めることによって見えなったものが見えてくる。
分類し本質を理解する。つまり「分ける」ことによって「分かる」という学問の基本がそこにあるのです。
類似したものをたくさん集め微妙な違いを発見し、見えなかったものが見えてくる!というのがコレクションの醍醐味と言えます。
そこから発想やひらめきも生まれてくると思います。どんなコレクションにもひとつひとつに意味や発見があるのです。
国際交流
荒井:個人の趣味から始まったものが貴重な文化財となり、社会貢献につながる。言われてみれば、それはまさに長岡の美術館そのものですね。秋山さんは美術館以外にも様々な社会貢献をされていると思いますが、どのようなものがありますか?
秋山:ぼくは若いときから人間の欲望の結果、摩擦がおき問題となる所に着目すること、美術を社会に広げ理解してもらうこと、それからデザインを通した国際交流に興味を持っていました。
1番最初に言ったひとつ目の人間の欲望によっておきる矛盾点は、例えば利益社会が進むことによって発生する弱者に対する問題です。
それは19世紀後半からはじまり、足尾鉱毒事件、熊本水俣病や新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそくなど、日本における高度経済成長の影に隠れ無視され続けてきた大きな問題です。
ここまで大きな問題とはいかないにしても無数の社会問題が日夜起き続けている現実があります。
さらに言えば自然を無視した結果おきる人間の傲慢さに対しても納得がいきませんでした。
それで社会に対して訴える活動を20代半ばから30代はじめに行っていました。
先ほども話しましたが日本鳥類保護連盟の自然保護のシンボルとして「バードカービング」活動1979年にスタートしました。
その活動は現在も続いていて、日本バードカービング協会が出来るほどの規模になっています。
みっつ目はポスターデザインを通しての国際交流と教育。
シンポジュームを行うことや教育的な活動を前向きに進めてきました。
これもまた例をあげれば、フィンランド、メキシコ、イタリア、ウクライナ、アメリカ、中国、ポーランド、韓国などで毎年数回シンポジュームを行っています。
また最近では東京装画賞というコンペティションを立ち上げ、本の持っている魅力とイラストレーションとデザインの能力を引き出すことを目的とし、それを目指す人たちを評価する活動もやっています。
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